ここ宮城県牡鹿郡女川町は東日本大震災で甚大な被害を受けた地域。地震当日の3月11日から避難所として使われている女川町総合体育館には、この日(4月29日)の時点で775人が生活していた。ダンボールで仕切られた居住スペースには、まだ春の暖かさはない。食事は一日2回配られるがメニューのバリエーションは乏しい。周囲には津波にのまれて崩壊しか町が広がっていて、娯楽と出会う機会も少ない。
「強くなるほど思いやり、やさしさを発揮するのが武道精神。私たちができることで、少しでも元気になってもらえたらうれしい」
そんな思いで実現した今回のボランティア活動。炊き出し後には、グラウンドの芝生で宮城支部の道場生との稽古が行なわれた。別の避難所から集まった20名超の少年部も参加。家が流されてしまったため道着はないが、久々の稽古が楽しかったのだろう、時間が経つごとに表情が輝いていく。緑代表や山本健策支部長から技の指導を受けると、真剣な目で何度も繰り返していた。続いて行なわれた避難者を前にしての演武でも、子供たちは平安Iを元気に披露し、大きな拍手を浴びた。「みんな一時的につらいことを忘れたと思います」と金田支部長は語った。
午後4時30分からは炊き込みゴハン、けんちん汁、もつ煮込みうどん、別地区から合流した秋元国際奨学財団のカレーライスなどが用意された。2回目の炊き出しは6時に終了。最後にあらためて避難者にエールを送り、ボランティア隊はバスで会場を後にした。
「来てよかった。こういう大変な状況の中でも笑顔を見せてもらい、こちらのほうが感謝したいぐらいです。現場を見たことで、ますます長期的に応援したいという気持ちが強くなりました」と緑代表。こうした復興支援活動は今後も継続的に行なわれる予定だ。
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