三好一男総監督×奥村幸一監督 王座死守の舞台裏

第10回世界大会で歴史に残る勝利を収めた日本選手団。
「王座死守」という結末の背景には、チーム内の絆、監督・コーチ陣の情熱、
中長期的なスパンの選手強化プロジェクトなど、さまざまな要因があった。
今回は新春特別対談として日本選手団を率いた三好一男総監督(選手強化委員長)と
奥村幸一監督(選手強化副委員長)に大会での勝因と未来への展望を語っていただいた。

空手LIFE 2012年2月号掲載  Text/本島燈家 Photos/増村貴宏


−第10回世界大会は塚本徳臣選手、将口恵美選手が優勝を果たしましたが、大会全体を通して見ると、日本選手団が一丸となっての勝利だったように感じました。

三好 そうですね。3月11日に東日本大震災が起こり、日本を少しでも元気づけようといろいろなスポーツの選手ががんばってきました。そうした中で新極真会の日本代表選手たちも心を一つにして。「絶対に日本が王座を守るんだ」「日本を元気にするんだ」という気持ちで闘った。それが優勝という結果につながったと思います。監督、コーチも含め、みんなが同じ気持ちでした。震災は第1回目の代表(候補)合宿の初日でしたから、ロウソクで食事をしたりした経験が、そういう気持ちをより強くしたと思います。

奥村 合宿の時から掲げてきた「王座死守」というテーマが、全員に浸透していたということもあったでしょう。そのエネルギーが、震災によってさらに強くなった。そして選手それぞれが自分の役割を果たしてくれました。まさに全員の勝利だったと思います。

三好 ロシアのワールドカップの経験で、選手たちの考え方も相当変わっていたと思います。塚本選手、将口選手を筆頭に、いろいろな人を稽古に迎えたり、出稽古に行ったりして研究に研究を重ねた。海外に行った時も、塚本選手はドナタス(・イムブラス)選手をはじめとした強豪選手を指名して組手をしていました。こんなに技を見せていいのかと心配しましたが、絶対に自分が優勝して王座を死守しなければいけないという思いがそうさせたのでしょうね。

奥村 ワールドカップから帰る飛行機の中では、我々も「本当に第10回世界大会は大丈夫か」と不安になりました。男女のナンバーワンが重量級を獲れなかったわけですから。その後もロシアでの惨敗を忘れたことはなかったですし、塚本選手、将口選手も決して忘れていなかったと思います。

三好 キャプテンを中心に、本当に日本の危機だという認識が浸透していましたね。それがあったから、日本選手団は世界の中で一番厳しい稽古をした。だから年々レベルアップしている世界の強豪たちの中で王座を守れたんだと思います。

三好師範

▲日本代表強化合宿では、厳しくも温かいまなざしで選手団を激励した三好総監督。

最強最大の組織になるためには、とにかく選手が強くならなければいけない(三好)

−大会当日、印象に残ったのはどの試合でしたか。

三好 やはり準決勝の2試合。かつて塚本選手は全日本で負けた時、「道場の掃除からはじめます」と言っていたんです。これは強くなるなと思いましたよ。15年間も世界のトップを維持してきた彼の、人に言えないくらいの努力には本当に敬意を表したいですね。また、村山努選手も今までの努力がいっぺんに花開いたと思います。ルーカス(・クビリウス)選手との準決勝でも、向かい合った瞬間に「負ける気がしなかった」と言っていましたから。それだけ稽占したということでしょう。それから、優勝候補筆頭のヴァレリー(・ディミトロフ)選手を相手に一歩も下がらなかった河鰭郁也選手のがんばり。それが若い選手たちに火をつけましたよ。自分たちもやらなきゃいけない、日本のためにがんばろう、という気持ちにさせた。私は河鰭選手が陰の功労賞だと思っています。

奥村 大会前、河鰭には「負けろとは言わない、ただ負けるにしても負け方があるぞ」と言っていました。世界大会ではトップバッターの役割がものすごく大事になります。その河鰭があそこまで闘えたのを見て、我々は次にヴァレリー選手と闘う島本雄二選手は勝てるんじゃないかと思いました。

−今大会は、そういったチームの中でのつながりが本当に目立ちましたね。

奥村 そうです、全体のつながりが大切なんですよね。

三好 次の時代へのつながりということで言うと、村山選手が決勝に進出したのは大きいですね。ここ5年くらい、「世界の舞台に上がってこいよ」「日本代表の強化合宿で待ってるぞ」というのが私と彼とのあいさつだったんですよ。彼にはそのくらい期待していました。

−その期待に応えたわけですね。

三好 今思うと、彼が初めてウエイト制で優勝した2009年は、新型インフルエンザで大会開催が危ぶまれたんですよね。みんなで深夜まで協議した末、「進退をかけて大会を開こうじやないか」と決意したんです。その大会で村山選手がチャンピオンとなり、前田優輝選手も初優勝を果たした。あの重大な決断の時に前向きな挑戦を選んだことは、組織としても大きかったですね。

−今大会にはOBを含むユース選手も数多く出場しましたが、初体験の大舞台にあまり飲まれている印象がありませんでした。

奥村 とくに男子は本当に気負うことなく、のびのびと闘っていましたね。

三好 今の若い選手は場数を踏んでいますからね。ユース合宿あり、強化合宿あり、そしてドリームカップなどの大会も充実していますから、これまでの選手よりはるかに実戦経験を積んできています。

奥村 ユースを立ち上げたこともそうですし、代表候補合宿にユース選手を参加させたり、海外の大会に若い選手を出場させたり、そういう組織の活動がすべて世界大会の王座死守という結果につながっているんですよね。強化合宿では組手はもちろんですが、試割りの研究も念入りに行ないました。道場の稽古では、なかなかそこまでできないと思います。実際、島本雄二選手はヴァレリー選手に1枚差の試割り判定で勝った。あくまで結果論ですけど、そういうところにも合宿の成果は出ていると思います。

三好 寝食をともにして稽古すると、自分の遅れている部分もよくわかります。たとえば風呂に入って仲間の体を見れば、自分の現状を把握することができる。食事の量もわかるし、早朝ランニングで走るスピードやスタミナもわかる。組手では自信がなかったけれども、走るのは速いとわかって自信がつくケースもあるかもしれない。そういう意味でも、みんなで切磋琢磨するのは大切だと思いますね。

奥村 男子16名、女子8名の選手団が一堂に会して一緒に稽古することで、道場では気づかないことに気づくこともありますからね。

三好 ユース合宿では今は小学5年生から日の丸をつけています。それによって、「自分たちも日の丸を背負う選手になるんだ」「日本を代表する武道家になるんだ」という自覚が芽生えるんですね。

奥村 代表合宿と同じ場所で、世界大会出場者がコーチとして参加するわけですから、自然と意識改革されますよね。

三好 6年目にしてユースから世界大会メンバーが何人も選ばれたことも、この合宿の存在の大きさを証明していると思います。2年連続でキャプテンを務めた島本雄二選手はベスト8入賞ですからね。よく奥村監督と「世界大会に出るようなユース選手を育てないといけない」と話していたんですが、その期待を大きく超えてしまった。

奥村 島本一二三、雄二、佐藤弥沙希、前田優輝、加藤大喜……ユースの歴代主将がみんな世界大会に出場しているというのは、すごいことですよね。

三好 当初は少数だけでやろうという意見もありましたが、やはり底辺をできるだけ広くすることで世界に誇る富士山をつくりたかったんです。2011年の合宿には350人を超えるダイヤモンドの原石が集まりましたが、その原石が輝くための手伝いをするのが監督であり、コーチであると思うんですよ。前田選手や加藤選手も中学生の頃はそんなに目立っていませんでした。それが世界大会であれだけの活躍をするわけですから、本当にユースという試みが実を結んだと言えるでしょうね。

奥村 世界を目指すにしても、いつ目覚めるかが大事ですよね。20歳になってから目指すのか、小学五年生の時から目指すのか。小林副代表もおっしゃっていましたが、8年後、12年後を考えると、ユース合宿というのは「日本代表候補合宿」なんですよ。

三好 それも強くなるだけではなく、新極真の空手家として恥ずかしくない選手を育てるのが我々の目的です。だから、あいさつや言葉使い、スリッパを並べることまで徹底的に指導する。道着の着こなし、たたみ方なども含め、基本的なことができる選手は試合でも隙がなくて強いんです。基本ができない選手は試合でも必ずポカをする。今回、世界大会に出場したトップユースは、合宿所に来た時より帰る時のほうが部屋がきれいになっていたそうです。そういう意識があるから、試合でも結果が出たんでしょう。

奥村 日頃の生活態度がしっかりしている選手は、稽古も誰よりも一生懸命やりますからね。

三好 たとえばサーキットトレーニングを見ていても、監督が「はじめ」と言ったらすぐにはじめるのが島本兄弟でした。それから2秒遅れ、3秒遅れ、5秒遅れ……と少しずつ遅れてスタートする選手がいるわけですが、そういう差がすべてにおいて大きな差に変わってくるんですよね。

−トップ選手は手を抜かないんですね。

三好 手を抜かないどころか、向かってくるんですよ。歴代のキャプテンを務めた選手たちは、みんなそうでしたね。しかも、気合いを出して全体を盛り上げたり、くじけそうになった選手を励ましたりと、まわりのことまで考えられるんですよ。ユース合宿で出会った仲間たちは電話やメールで連絡を取り合っているそうです。それによって上を目指す選手たちの輪が全国に広がっている。仲間や先輩後輩という縦横のつながりが密になっていますよね。

奥村 それは我々とのつながりにも言えますね。監督だからと言って、試合当日だけセコンドについたって何の意味もありません。やはり総監督、コーチも含めて寝食をともにしたからこそ信頼関係が生まれ、ああいうチームができた。本当はみんなライバルですからね。でも、世界大会という舞台で仲間として大会に臨むことがどれだけ心強いか……。

三好 そう言う意味では、4年後も頼もしいですよ。もう少し大型選手がほしいところですけど。

奥村 前回チャンピオンの塚越孝行選手が四回戦で負けて舞台を降りてきたんですが、次の試合に向けて待機していた落合選手に「これからはおまえたちの時代だよ」と言ったんですよ。私は連続でセコンドについたので、そのシーンを間近で見ていましたが、塚越選手の目には涙がにじんでいるようでした。落合選手は「押忍!」と真剣な表情で答えました。塚越選手が引退すると決まっているわけではないんですが、後輩たちは日本を背負って闘ってきた先輩たちの姿を見て、その意志を受け継いでいこうという気持ちになったと思います。ユース合宿のテーマは「伝統・継承」ですが、この世界大会という舞台も伝統継承の儀式だったなと思うんです。

 


▲奥村監督は大会当日、コーチ陣とともに選手のセコンドとして大声を張りあげた。


8年後、12年後を考えると、ユース合宿は「日本代表候補合宿。なんですよ(奥村)

−舞台下で、そんなシーンがあったんですね。

奥村 それも“つながり”を感じた場面でした。そういう。体感が生まれた要因としては、統一のユニフォームというのもあったと思いますね。大会特別相談役の藤川孝幸さんのバックアップもあって、今回はミズノさんが特製のユニフォームを提供してくださいました。それも目に見えない力になっていたんじゃないかなと思います。

三好 前回大会もそうでしたが。ユニフォームがそろっていると団結力が増しますね。

奥村 男子ばかりでなく、女子もこれから楽しみですね。とくに加藤小也香選手には将口選手とともに日本を引っ張っていってほしい。彼女がマルガリータ(・キウプリート)選手と延長まで闘ったのを見て、将口選手だったらいけるなと思ったんです。軽量級ではありますけど、前田優輝選手と同じようにちょっと群を抜いていますよ。

−海外でも若い選手が育っていることが今大会でよくわかりました。次の世界大会は彼らもさらに強くなっていると思います。

奥村 それほど目立たなかった選手が、4年後に一気に爆発するというケースはよくありますからね。

三好 リトアニアもアンダー22の大会をやっていますし、ドナタス選手たちもみんなジュニアから上がってきた選手です。海外も日本のいいものは全部取り入れますから、あなどれないですね。それだけ彼らは「打倒日本」という気持ちが強いんですよ。

奥村 ヴァレリー選手やロシア、カザフの選手など、日本に出稽古に来たり、日本の武道精神を尊敬しているという選手には強さを感じますね。技だけでなく心の部分も真剣に学んでいるから、まっすぐに成長するんだと思います。これからもそういう選手が出てくると思うので、日本の選手も負けないようにがんばらないといけない。

−では最後に、今後の日本の展望と期待をお願いします。

奥村 2013年には、リトアニアで第5回ワールドカップがあります。今回優勝したからと安心していたら、ロシアの二の舞になる可能性もあります。階級が分散すると、より厳しい闘いになると思いますから。とはいえ、こうして男女とも世界王座を死守することができたので期待も大きいですね。今度こそ全階級制覇という目標の達成を信じて乗り込みたいと思います。そのためには世界大会後も現役を続けるベテラン選手を頼りにしたいですし、ユースの選手たちにはもっとがんばってもらわなければいけない。今回の結果をさらに発展させることが伝統継承だと思いますし、それが第11回、12回世界大会での勝利につながっていくと思います。

三好 第10回世界大会が終わった瞬間から、選手強化委員会は次のワールドカップ、第11回世界大会を見すえています。そのために、まず人材の宝庫であるユース合宿を可能なかぎり大きくしていきたい。その中から次の時代の日本を背負うトップ選手が必ず育ってくるはずですから。大山倍達総裁の時代からオープントーナメントが続いていますが、我々の組織はつねに大会によって育ってきたという歴史があります。最強最大の組織になるためには、とにかく選手が強くなければいけない。そのために底辺を拡大し、強さと人問性を兼ね備えた素晴らしい選手を育成していくことが我々の使命だと思っています。

多田拓郎

▲全国から「ダイヤモンドの原石」が集結するユース合宿。今後も日本の王座を守り続けるために重要なカギを握っているプロジェクトだ。